必死こいて作ってた雑誌 認知すらされてなかった

私は以前地方銀行の会報誌を作る仕事をしていました。

そもそも仕事とはミスが許されないものではありますが、クライアントが銀行で銀行の名前で冊子を出すとなるとミスの許されなさは跳ね上がったように感じます。

その冊子に掲載するのは銀行のクライアントだったりするので、会社名や氏名を間違えようものなら文字通りの処刑です。

なので何回も何回も読み直して、色んな人の目を通してミスがないように毎月神経をすり減らしていました。

そうやって作った雑誌だから、1人でも多くの人に読んでもらいたい、読んでよかったと思ってもらいたいと思うのは当然ですよね。

でもある時気づいたんです。

取材でその銀行に何度かお邪魔した時のことです。

「あれ…?会員向けの冊子なのに全然見えるところに置いてないぞ…」と。

で、ですね。

いろいろあって退職してから、その銀行に行く用事があったので窓口の方に聞いてみたんです。

「この雑誌、知ってますか?」

「いやぁ、ちょっと存じ上げないですね。」

まぁ予想通りだったので、冊子の表紙を見せる。

それでも顔をしかめたまま、うーん。

もうね、ここで諦めたよね。

いやわかってたけど。わかってたけど!

毎月納品している冊子は、一体どこに消えているのでしょうか…。

会報誌を作っている会社で働いていた時、空いてる時間何してるの?って雑談があったんですね。

私はYouTube見てますって答えました。

その時上司(無能な上にクソッタレ)は言いましたよね。

「俺はYouTubeをだらだら見て終わる人生はいや。生産者でありたいんだよね」

ドヤ顔で。

誰にも読まれてないどころか認知すらされてない冊子を作って、生産者を名乗れるのでしょうか。

自己満で活動する地下アイドルとなにが違うんでしょうか。

彼の薄っぺらい万能感は、紙媒体に支えられていたのではないかと思います。

ネットみたいにPVやリアクションが生々しく返ってこない。

きっと誰かが読んでいて、俺は世の中の役に立っている。

それが思い込みであることが突きつけられない紙の世界にいるから過剰なまでの自信を持てるだけ。

SNSは自分の日記として使っていることを自慢げに話してましたが(今も思うけどどの点が自慢できるポイントなんですかね)、それは自分の話を誰も聞いてないことが分かる場での逃げの姿勢じゃなかったでしょうか。

クソだせぇな。

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